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特任助教(IT担当)

自己紹介文

ココログ自己紹介文 (2014.12.29.)

【略歴】
1975年生まれ。(大阪府)

幼稚園では、なぜか砂場でよくトンネルを掘っていた記憶がある。トンネルで水路を立体交差させようとするのだが、水を流すとすぐに壊れてしまう。

幼稚園か小学校1年生の冬に、家庭用の100V電源で遊んでいた。コンセントからプラグを少し抜き、隙間から金属が見える状態にしても電気機器は動いている。電気の流れている金属を直接目に出来て嬉しかった。そこへ、別の電気機器のプラグを付けると両方が同時に使える。間違いなく、ここを電気が流れていると確信できた。もっと、よく見えるように、プラグ間をアルミホイルでつなごうとした。火花が散って、コンセントが黒く煤けた。

小学校3年の冬に竹馬を練習する。しかし、このとき、友人の間では、竹馬などに人気は無かった。小学校5年生のときに円周率を30桁ほど覚えたのをきっかけに、いつの間にか150桁ほど覚える。その後、記憶力が衰えていき、もっと役に立つことを覚えておけば良かったと後悔する。

中学校2年の頃にブルーバックス、3年の頃にNewtonを読み始める。比較的理科の授業は好きな方だった。この頃に、アマチュア無線(電話級)の免許を取ったり、図書館で「初歩のラジオ」を読みふけったりした。「天ぷらの油に引火したときは、水をかけると危険」という話を聞いて、実際に試してみたのもこのころだったと思う。危ないので、金属製のプリン容器で試したが、水をかけると火柱が上がった。これはかなり怖かった。

高校1年の頃に「大学は物理学科に進みたい。」と考える。クラブは「乗っ取れるクラブはありませんか?」と自治会執行部に問い合わせ、部員のいなかった化学部を選ぶ。ミョウバンの結晶作りに励む一方、クラブとは無関係に友人たちとペットボトルロケットや、鉛筆キャップロケットの作成などにも取り組むが、何れも中途半端。あっ、ロケットは一応飛んだ。その他、カルメラ焼き作りにも挑戦した。カルメラ焼きを作るときには、うまく膨らませることが難しいのだが、温度計を用いることで成功率を高めた。そう言えば、高校でクイズ研究会(同好会)も作った。しかし、ほとんど活動らしきことはしなかった。これは失敗した。数学オリンピック(国内)にも申し込んだが惜しくも(?)予選落ち。

1994年に大学(理学部物理学科)に入学。このときパソコンを購入する。世の中は"Windows3.1"だったが、何も知らないまま、友人の勧めでMS-DOSのものを購入する。1回生(1年生)の夏休みに数人で自主ゼミを企画するが、テキストにランダウの「力学」(解析力学。1回生が自習出来るような易しい内容ではない。)を選んでしまったために自然消滅する。この年は、夏休み前までは、週末は自動車教習所へ通う忙しい生活だったが、免許は夏休みの始めで取得でき、物理の自主ゼミは崩壊し、暇な夏休みだった。そういう場合はアルバイトをするものだと思うが、この年の夏が猛暑だったからか、アルバイトさえしなかった。神戸の震災の日は、物理の実験レポートの提出日だったため、物理学科の友人たちは、ほぼ全員、疲れて寝たばかりか、寝ようとしたところだった。時々、みんなでタコ焼きを作ったり、流しそうめんをしたりしたこともある。こういうことを大学のキャンパスですると、他の学生は、そこを避けてゆく。パソコン通信は1996年2月から。当初は草の根(電脳空間らび2)、NIFTY(FSCI)、大学のローカルなニュースグループなどに出没していたが、最近はそのような時間の余裕が無くなってしまった。1998年2月にWindowsパソコンを購入。MS-DOSに別れを告げる。実験は全般に好きだったが、物性関係にはあまり興味が持てなかった。加速器実験へ進む選択肢も考えにはあったが、結局は宇宙線の観測を選ぶ。

1998年、大学院進学。1998年から2001年まで、大学で情報処理教育関係のアルバイトをしていいた。ここで、少しコンピュータに詳しくなったかも?大学院では宇宙線の研究をした。観測設備がインドにあるため、1999年と2002年に計9カ月をインドで過ごす。湯船の無い風呂、辛い食事、度々の停電、まわりはみんなインド人などといった状況ではあったが、問題なく過ごしていた。しかし、毎日インド料理では、さすがに飽きた。2000年に3カ月ほどスイスのジュネーブに滞在し、欧州原子核研究機関(CERN)で、L3の実験に参加(L3-Cosmic)。毎日スイスとフランスを往復する生活。
2003年1月、Windowsのノートパソコンを購入。このように、Windowsユーザーを続けているが、大学では普通にLinuxを使っているし、Windowsのノートパソコンでも、Cygwin(Windows用UNIXコマンド集のようなもの)やMeadow(Windows版Emacs)を使っている。メールの読み書きには、今でも Mew を使う。2003年12月、ココログをとりあえず使いはじめる。ココログのシステムにはいろいろ不満があるので、いつまで使い続けるかは不明。最近、@nifty関係で使っているのはこれくらいか。2004年の春に、情報処理技術者試験の「ソフトウェア開発技術者」試験を受けてみると見事に合格。調子に乗って、秋に「テクニカルエンジニア(ネットワーク)」を受けたが駄目だった。

2005年3月大学院後期博士課程修了。宇宙線の研究により博士(理学)の学位を取得。4月からは博士研究員(ポスドク)として勤務。秋に再度「テクニカルエンジニア(ネットワーク)」を受験し合格。ついでに、翌年の春に「テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)」にも合格。しかし、宇宙線の研究をする上では、今のところ何も役に立っていない。
2006年9月、インドのムンバイにあるタタ基礎研究所でポスドク生活を始める。運動不足を懸念し、早朝ランニングを始める。2009年には「ムンバイマラソン」に出場した。何とか完走したが、かなり暑くて辛かった。

2008年2月、日本へ帰国。大学で働き始める。2009年には「東京マラソン」、2010年・2011年・2014年には「勝田全国マラソン」、2014年に「つくばマラソン」を完走したものの、後半はほとんど歩いている。
2011年に結婚。一児の父。
2014年春に「データベーススペシャリスト」、秋に「情報セキュリティスペシャリスト」に合格。

座右の銘 「ダイエットは明日から」

興味のあること

宇宙線,インド,情報ネットワーク